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物流とメディア/座談会「メディアの役割と報道の仕方」

その他

2024/01/18 13:00

出席者(順不同)
NHK/ ディレクター
 田浦 俊輔氏 
朝日新聞/経済部記者
 澤路 毅彦氏 
フリーライター
 橋本 愛喜氏 
物流ニッポン/ 記者
 田中 信也 
〈モデレーター〉立教大学/教授
 首藤 若菜氏

商習慣を正すことが先決

 トラックドライバーの労働時間の上限規制適用まで1年に迫った2023年から、「2024年問題」への社会の関心が高まり始めたが、誤解されている部分もある。一般紙、テレビ、ネットメディアは24年問題をどのように報じてきたのか。これから、どう報道するのか。各種媒体で物流の課題について報じてきた記者やライターに集まってもらい、本紙記者や識者も交えながら現状や今後の展望などについて語り合ってもらった。

田浦 道路に並ぶ車両に違和感 
澤路 前向きに捉えて問題解決

 首藤 これまでに類を見ないほど、物流の問題が注目されています。メディアが集中して報じた効果が出たと言えるでしょう。
 まず、21年にNHKが制作したドキュメンタリー(「ナビゲーション トラックドライバーの悲鳴が届かない」)についてお聞きします。一般メディアの中でも先駆けた番組でした。制作までのいきさつを教えてください。
 田浦 担当記者が道路のゼブラゾーンに並ぶトラックを見て感じた違和感が始まりでした。「ほかに休む場所がないからなのか」といった疑問からスタートしています。
 首藤 労働の実態を深く掘り下げたものでしたね。
 田浦 弱い立場にいる人を大切にする記者だったので、トラックドライバーの過重労働が気になったのでしょう。ドライバーの健康が損なわれながら物流が成り立つ問題意識を共有しながら作りました。
 東海地方で放送した番組でしたが、全国に伝えようと「クローズアップ現代」のスタッフに掛け合いました。密着映像のインパクトが強く、大事な問題と理解してもらえたようです。視聴者の注目度も高く、視聴率という結果にも表れました。
 首藤 朝日新聞はどうでしたか。
 澤路 22年、大手ビール会社の執行役員クラスから「残業規制の対応が目下の課題」と聞いて取材をしました。
 元々、労働政策担当として働き方改革のプロセスを取材していました。適用まで5年の猶予があるので「問題と言われるな」と予想していました。
 大きな法改正があると、副作用と言われる現象が起きて「大変だ」と叫ぶ人が出てきます。その典型が、18年にできた労働契約法の無期転換ルールでした。主に使用者側はこのようなことを言いますね。
 働き方改革は労働者のための規制です。ポジティブに捉えた上で問題を解決するスタンスに立たなくてはならない。現状の業界に問題があるという視点を忘れないでほしいです。
 首藤 24年問題という言葉に違和感がありますね。労働環境の改善なのに「問題」というのは、消費者や荷主の視点でしか見られていないと感じます。
 橋本 現場の目線から見ると、今の働き方改革は適切なのか疑問です。長時間労働は是正しなくてはなりませんが、もっと先にやらなければならないことがあります。
 例えば、真夏の炎天下にアイドリングストップさせ、トイレもない中、平気で長時間待たせる荷主がいます。外装の段ボールが少し傷つくだけで返品扱いしたり、買い取ったのに商品を渡さなかったりといった理不尽もあります。このような商習慣を正さなければなりません。
 また、「適用まであと1年」といった表現を見ましたが、4月以降に報道がなくなるのではないかと心配になります。24年問題は1回で終わる波と違い、津波のように連続します。「物流崩壊元年」と言っても良いのではないでしょうか。

田中 継続考察むけ努力足りず 
首藤 専門紙は運転者視点欠落 
橋本 BtoB 消費者から見えず

 首藤 注目されているうちは荷主側に圧力が掛かりますが、社会の認識が「運べるじゃないか」と変われば忘れられる危険があります。視聴者の意識が薄れても、メディアは報じ続けられるのでしょうか。
 田浦 事実として問題があるならば報じる必要があります。実際、取材で勤務を改ざんするためにタコメーターを抜く話が出ました。不正をして成り立つことは大きな問題です。
 澤路 報道が消えることはないと思いますが、24年問題という表現は分かりやすい。これがなくなると読者の関心を得る方法が課題になりますね。
 田中 私たち専門紙も高をくくっていたかもしれません。22年ごろから24年問題をテーマとする連載を開始して様々な取り組みを報じましたが、「継続的に考察してきたのか」と問われると努力が足りなかったと思います。
 首藤 幾つか専門紙に目を通すと、生産性や効率を上げる視点の記事は多いのですが、ドライバーの視点が欠落しています。人手不足は技術や効率化でカバーできると考えているように感じます。
 田中 政策がDX(デジタルトランスフォーメーション)など、技術的なものに傾倒していた感じがします。人に着目したものが増えてきたのは、ここ1、2年でしょうか。
 澤路 統計上、過労死が多い三大業種は運輸、医療、建設です。4月を過ぎれば劇的に改善するとは思いませんが、行政は防止に向けた努力を続けるでしょう。
 橋本 一般メディアは、24年問題を宅配の問題として取り上げがちです。危険を感じてネット媒体に記事を書きましたが、全く読まれなかった。一方、ダイレクトメッセージは600件ほど来ました。その大半が運送事業者で、「よく書いてくれた」という反応ばかりでした。
 首藤 宅配は読者や視聴者に一番分かりやすい。しかし、その裏にある問題を伝えることもメディアの役割ではないでしょうか。
 田浦 BtoB(企業間)は見えにくいので、番組では模型を使って説明しました。
 橋本 宅配と企業間輸送は異業種と言っていい。消費者から見えずにもどかしくしている現場を知っていると残念に思います。
 澤路 BtoBは読者に分かりにくいと思われている節はあります。運輸労連が言及していたので、宅配だけの問題ではないことは意識しました。社内でも強調しています。
 ですが、物流革新に向けた政策パッケージを報じた朝日新聞一面の見出しは「再配達を半減」。国交省の担当記者が書いた記事で、企業間輸送に触れているきちんとした記事なのですが、正直言って「やってしまった」と思いましたね(笑)

橋本 荷主側にも罰則を設けて 
澤路 少しずつ社会変わること 
田浦 「コスト見える化」試行錯誤

 首藤 改善基準告示の改正、政策パッケージなど、具体的な動きが始まっています。中身について、どう感じていますか。
 田浦 番組で改善基準告示の改正を取り上げました。ドライバーの命を守るためには、まだまだ不十分であると報じています。
 具体的には、1カ月で80時間、最大115時間の時間外労働ができるため、過労死ラインを超えていると指摘しました。
 澤路 政策パッケージは、突然出てきたような印象がありますね。官邸が食いついたのでしょうか。
 田中 (23年度通常国会の)予算委員会で10人ほどの議員が質問して、岸田(文雄)首相も複数回、答弁しています。そこで意識したのではないでしょうか。
 澤路 政治的なイシューとして使えると踏んで、省庁に命じたかもしれませんね。「自分たちがやれることはこれです」と、新味のない政策を並べてくる。この問題に限らず、よくある話です。
 橋本 猶予期間を定めた19年に出すべきでした。働き方改革なのにドライバーの首を絞める内容も散見されます。
 例えば、高速道路の制限速度の引き上げ。国交省は深夜割引制度の見直しも打ち出しています。つまり、深夜に速度を引き上げてトラックが走ることになるわけです。
 高速道路の運転は眠くなるものです。定期的に流れるライトと白線、変わらない景色に睡眠不足が重なる。「寝るな」と言う方がおかしい環境の中、制限速度を引き上げたら荷主が「もっと早く運べ」と言う可能性があります。
 首藤 これだけメディアが報じたので、一般社会の意識はかなり変わりました。ですが、行動につながるとは限りません。変容を促すために何が必要でしょうか。
 田中 今年の通常国会で、荷主への規制的措置が審議される予定です。荷待ちと荷役作業の2時間ルールや、物流統括責任者の選任ですね。荷主の行動変容を促す上で行為義務を設けることは評価していいと思います。
 橋本 荷主側にも、しっかりと罰則を設けてほしいですね。運ぶ側だけに刑罰を与えるのはフェアじゃない。現状、運送事業者側が情報提供しなければ国は動きません。あっても、働き掛けや要請、勧告といった形でしかなかった。一番厳しい措置が「公表」というのは弱いです。
 田浦 消費者に言及している点は新しい視点だと感じます。
 首藤 近いようで遠い存在の消費者に「私たちは何をすれば良いのか」という問いを投げ掛けていますね。
 澤路 「物価は上がらない、安くていい」という意識が30年以上続いてきました。それを変えることが重要です。最近はインフレで「物価は上がるものだ」と認識されるようになりました。社会が少しずつ変わっていくことが理想です。
 首藤 NHKで「ドライバーが大変。運賃上げなきゃいけません」という話の後に、「商品価格が上がります。生活が苦しいという声が広がっています」と報じたニュースを見ました。「つながっている話なのにな」と違和感を覚えました(笑)
 橋本 ラジオで「送料無料という表記はダメ」と話したのに、CMで「送料無料です」と宣伝された時と同じ感覚ですね。
 首藤 商品価格が上がると生活が苦しくなることは確かです。では、なぜ物価が上がるのか。人件費が上がり、燃料費を反映させるからです。理由を含めて論じ、理解を深める報じ方はできないのでしょうか。
 田浦 (報じ方として)「コストの見える化」は試行錯誤しています。物流が機能しているからこそ、背後の問題が見えにくい。適正な運賃と労働時間で運ばれた場合のコストを可視化することは重要ですね。
 橋本 そういう意味で「送料無料」は、物流全体に迷惑を掛けている言葉だと思います。一番良いのは「弊社負担」または「送料込み」。運ぶ人を意識することは大切です。24年問題の解決策は労働環境を改善して運賃を上げること。本質がずれているように感じます。
 首藤 運賃の値上げは、事業者にも頑張ってほしいです。

田中 行動しないと意味がない 
澤路 労働問題は多重請負構造 
首藤 メディアの役割こそ重要

 田中 国交省が標準的な運賃を告示し、トラック事業者の6割近くが届け出ましたが、「非現実的だ」という声が聞こえます。「最低運賃」を求める意見もありますが、それでは低価格が常態化する。運送事業者が行動しないと意味がありません。
 23年7月にスタートした「トラックGメン」も同様です。名前を出さなくても受け付けるのに、荷主に知られることを恐れて情報を出さない。なので、公表に至ったケースはいまだにゼロです。
 取材で「ひどい条件を突き付けられた」「運賃を下げられた」と聞くことがあります。しかし、「出しましょう」と言うと、「やめてほしい」と返されるケースばかりです。「こんな荷主は許せない」と、運送事業者側も声を上げる必要があります。
 首藤 労働者も勇気を振り絞って組合を結成したり、声を上げたりしている。そうしないと変わらない現実があるからです。
 田中 多重下請け構造も問題です。荷主の意識が変わったところで、7次下請けまであるとされるような状態では絶対に良くならない。
 澤路 あらゆる労働問題は多重請負構造にたどり着きます。どうやって規制するか。様々な方法があると思いますが、何とかしなくてはなりません。
 橋本 最低運賃制度を望むベースは、そこにあります。「せめて2次または3次までにしてほしい」という声がある中、荷主と運送事業者のパワーバランスを放置したら改善されない。現場の人を支えるために、国が責任を持って対策する必要があります。
 首藤 トラック運送業界に向けて、伝えたいことはありますか。
 田浦 番組制作の時にドライバーからアンケートを募集しました。最初は現場に足を運んだのですが、ウェブでも募ったところ、1週間で200人以上の投稿が集まり、とても驚きました。それぞれの現場で言いたいことを抱えているのだと、内容から理解できました。
 4月以降もそういった声と向き合っていきたいと思っています。ドライバーの意見が尊重されて、様々な改正が行われることに期待したいです。
 澤路 物流は経済の基盤として重要な役割を果たしています。これは、どんな世の中でも変わらないでしょう。労働環境を改善して、人をきちんと確保していくということが必要です。そうあってほしいですね。
 橋本 トラックのことを書き始めて10年くらいになりますが、現場の目線に立って報じる姿勢を大切にしています。トラック協会の講演会などで経営者の話も聞くし、SNS(交流サイト)やサービスエリアでドライバーにも尋ねますが、それぞれの立場で話が変わります。
 これからも現場の気持ちや熱意を大きな組織や権力を持つ人たちに投げ続けていきたいです。
 田中 業界や運送事業者の好事例を取り上げ、水平展開することが専門紙の役割です。SNSの公式アカウントでも発信していますが、メジャーなメディアと比べたら、影響力に限界を感じています。注文を付けるわけではありませんが、企業間輸送が止まったら暮らしと経済が成り立たなくなる点も含めて報じ続けてほしいです。
 自戒を込めて言いますが、報道がマイナスイメージをあおっている部分もあります。「物流は面白くてやりがいがある仕事」というポジティブな側面も伝えることが重要です。
 以前、NHKで放送された「あなたのブツが、ここに」という、宅配ドライバーの女性を主人公にしたドラマが好評でした。ドラマやバラエティーの形で物流の話題を取り上げていただければ、重い問題も明るく伝えられると期待しています。
 首藤 報道は世論形成に大きく影響します。一つの出来事を批判的に伝えるのか、あるいは寄り添うのかで大きく変わります。
 それが政策や制度の改正につながります。政治家は世論の声を聞かざるを得ない。そういう意味で、メディアの役割こそ重要になってくるはずです。今日はありがとうございました。(田中信也、原田洋一が担当しました)


 ▼たうら・しゅんすけ 1994年生まれ。2018年、NHK入局。ディレクターとしてクローズアップ現代「〝送料無料〟の陰で トラックドライバーの悲鳴」などを制作。現在、のぞき見ドキュメンタリー「100カメ」の制作を担当。
 ▼さわじ・たけひこ 1965年生まれ。91年朝日新聞社入社。大阪本社経済部、東京本社経済部などを経て、2013年から東京本社編集委員(労働担当)。共著に「ドキュメント『働き方改革』」など。
 ▼はしもと・あいき 元工場経営者、日本語教師。トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働問題、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別など社会問題を中心に執筆中。著書に「トラックドライバーにも言わせて」(新潮新書)など。
 ▼たなか・しんや 1969年生まれ。税務専門紙の広告管理・営業部門、建設専門の日刊紙記者、バス・タクシーの専門紙記者を経て、2008年から現職。中央省庁、国会、中央業界団体などを担当。
 ▼しゅとう・わかな 1973年生まれ。日本女子大家政学部准教授などを経て、現職。労使関係論、女性労働論専攻。持続可能な物流の実現に向けた検討会の委員などを務める。著書に「物流危機は終わらない 暮らしを支える労働のゆくえ」(岩波新書)など。





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