【リポート】交付金法制化10年 法的根拠得て満額実現
行政
2022/01/01 1:00
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2021年8月24日付 1面トップ
事業持続へ計り知れぬ効果
運輸事業振興助成交付金の法制化から10年――。地方分権改革が加速し、首長の権限が強まる中、最大で23道府県でトラック協会への交付基準額が減額されるなど、存続の危機にあった交付金制度が法的な根拠を得たことで、そのほとんどが満額交付に戻っている。また、暫定措置だった制度が恒久化されたことで、トラック協会が延長の要望活動を行うことなく安全、環境、トラック業界の適正化といった社会貢献のための事業を持続できるようになるなど、法制化の効果は計り知れない。=関連記事2021年8月24日付10面(田中信也)
意義理解し適正利用を
2011年8月24日の通常国会の参院本会議で、トラック・バス業界の交付金を法制化する「運輸事業の振興の助成に関する法律」(運輸事業振興助成法)が賛成221、反対10で可決、成立した。
交付金制度は、都道府県などの道路整備に充てる道路特定財源として軽油引取税が30%(4円50銭)増税されたことを受け、1976年に創設され、安全や環境、適正化などの公益的事業を展開する上で不可欠な財源としてトラック業界の活動を支えてきた。
しかし、2000年の「地方分権の推進を図るための関係法律の整備などに関する法律」(地方分権一括法)の施行で潮目が変わった。「地方公共団体の財源に国などは関与できない」とされたことで、鳥取県を皮切りに、総務省令に基づく本来の交付金の基準額から減額する自治体が続出し、11年度には最大23道府県にまで拡大。こうした危機的状況を打破するため、当時の全日本トラック協会の首脳・幹部が立案したのが交付金の法制化だった。
交付金を所掌する総務省、トラック業界を所管する国土交通省ともに法制化には冷ややかな対応だったが、戦後、ほとんどの期間で政権を担当し、都道府県との関係も強固かつ安定的だった自民党が09年に下野し、民主党政権が発足したことで、議員立法による法制化への道が開けていく。
成立までには民主党内の合意形成はもとより、自民党をはじめ野党の思惑もからんで紆余曲折があったものの、全ト協の中西英一郎会長(当時)、坂本克己副会長(同)らによる関係者への粘り強い交渉と、「中小企業が大多数を占めるトラック業界が安全・環境対策を適切に推進するために制度が不可欠」との強い熱意が実を結び、成立に至った。
法制化に当たっては当初、義務化を目指したものの、地方分権が進む中、国が地方の予算の使途を強制するのは不適当との観点から「努力義務規定」にとどまった。また、「地方の自主性を損なう」など自治体側の拒否反応も強かった。
それでも法制化の効果は絶大で、多くの道府県が満額交付にかじを切った。都道府県トラック協会に対する交付金の内示状況をみると、法制化に基づく初年度に当たる12年度には、11年度に交付基準額から29.4%減額されていた神奈川をはじめ7道県が満額交付に戻し、減額は17件(三重県は災害復旧への予算増額のため削減)まで改善。3県では削減率が縮小した。
11年度 | 14年度 | 17年度 | 21年度 | |
北海道 | 3.7% | 満額交付 | 満額交付 | 満額交付 |
宮城 | 4.8% | 3.0% | 満額交付 | 満額交付 |
茨城 | 5.0% | 5.0% | 満額交付 | 満額交付 |
栃木 | 10.0% | 7.0% | 満額交付 | 満額交付 |
千葉 | 5.0% | 満額交付 | 満額交付 | 満額交付 |
神奈川 | 29.4% | 満額交付 | 満額交付 | 満額交付 |
山梨 | 8.9% | 満額交付 | 満額交付 | 満額交付 |
岐阜 | 10.0% | 満額交付 | 満額交付 | 満額交付 |
静岡 | 12.6% | 満額交付 | 満額交付 | 満額交付 |
愛知 | 9.4% | 5.0% | 満額交付 | 満額交付 |
滋賀 | 30.0% | 10.0% | 満額交付 | 満額交付 |
京都 | 20.0% | 10.0% | 満額交付 | 満額交付 |
大阪 | 100% | 50.4% | 43.9% | 42.2% |
兵庫 | 25.0% | 12.5% | 10.0% | 10.0% |
奈良 | 5.0% | 満額交付 | 満額交付 | 満額交付 |
和歌山 | 10.0% | 10.0% | 満額交付 | 満額交付 |
鳥取 | 12.6% | 満額交付 | 満額交付 | 満額交付 |
島根 | 3.0% | 満額交付 | 満額交付 | 満額交付 |
岡山 | 7.0% | 3.0% | 満額交付 | 満額交付 |
広島 | 3.0% | 満額交付 | 満額交付 | 満額交付 |
福岡 | 5.0% | 5.0% | 満額交付 | 満額交付 |
大分 | 21.9% | 11.0% | 満額交付 | 満額交付 |
宮崎 | 5.0% | 満額交付 | 満額交付 | 満額交付 |
その後も満額交付への改善は順調に進み、18年度には45都道府県まで拡大。21年度は、いまだ満額交付を実現していない大阪府(42.2%減)、兵庫県(10.0%減)に加え、新潟県も削減(10.0%減)されたが、同県は財政状況のひっ迫による一時的な措置であり、状況が改善されれば満額交付に戻る見通しだ。
11年度に「ゼロ交付」だった大阪府は、12年度91.3%減、13年度68.2%減、14年度50.4%減と徐々に改善し、15年度には41.6%減とおよそ6割減にまでこぎ着けたものの、その後は頭打ちとなっている。兵庫県も11年度に25.5%減だったのが、14年度に12.5%減、16年度には10.0%減にまでこぎ着けたものの、それ以降、現状維持のままだ。
全都道府県での満額交付には至っていないものの、法制化の効果は大きい。坂本氏は「あのまま放置していたら、全ての都道府県で交付金がゼロになっていただろう」と指摘する。交付金の法制化が起死回生の策だったことは、この10年間の内示状況の推移をみれば明らかだ。
法制化の効果は満額交付の拡大にとどまらない。法制化以前は、道路整備計画策定の度に延長が必要な暫定措置だったが、法的な根拠を得て、措置が恒久化された。これにより、安全、環境、適正化などの対策を事業計画に安定・継続的に盛り込むことが可能になった。
課題への迅速対応可能に
また、全ト協、都道府県トラック協会が措置延長のための要望活動を行う必要がなくなったことで、道路ネットワークの活用・拡大や、大規模自然災害、新型コロナウイルス感染拡大といった喫緊の課題に迅速に対応できるようになった。全ト協が道路委員会、小規模事業者コロナ時・災害時対策特別委員会などの常設・特別委員会を新設したことも法制化のたまものといってよい。
更に、基金によって造成していた適正化事業の原資が交付金から充当されるようになったことで、これまで非正規が中心だった担当職員の正規採用が可能になった。関係者はこれら法制化のメリットを、今や当たり前のように享受しているが、坂本氏は「法制化の意義を十分に理解した上で、適正に使って欲しい」と強調する。
努力義務規定は法律としては極めていびつで、安定的な制度とは言い難く、政府与党の方針次第では見直しを迫られ、存続の危機にさらされる可能性もある。いまだ減額の府県も存在する中、義務化は困難であっても、国→都道府県→県ト協→全ト協の順に「還元」される中央出捐金の流れを、国→全ト協→県ト協――という全国的に公平性が担保できる仕組みに改めることについては、検討の余地があるのではないか。
加えて、交付金の使途の一つであるトラックドライバーの労働環境改善については、トラック協会の事業を介し、会員事業者に還元する現行の制度の枠組みでは限界がある。営利事業に対する直接的な支援はハードルが高いことは確かだが、事業者やドライバーがあまねくメリットを享受できることが交付金制度の完成形といえる。トラック業界の将来を担う関係者には、レガシー(遺産)を受け継ぐことだけでなく、制度に一層のみがきをかけていくことが求められている。