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【インタビュー】命奪った「ながら運転」 小4男児死亡事故/遺族と振り返る

その他

2021/12/29 4:00

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2021年9月21日付 終面

「我が家の太陽」亡くし憤り

 「我が家の中で、太陽のような存在だった」「事故原因を聞いてがくぜんとし、この憤りをどこにぶつけていいのかと思った」。約5年前、建設会社勤務の男性が運転するトラックによる交通事故で息子の則竹敬太さん(当時9歳、小学4年)を亡くした則竹崇智さんは、こう振り返る。最愛の息子の命を奪った事故原因は、スマートフォン(スマホ)アプリで遊んでいたドライバーの「ながら運転」。「今も毎朝、事故現場で手を合わせている」という崇智さんは、ながら運転の危険性や交通事故の悲惨さを訴えるため、積極的に講演会で自身の体験を伝えている。(辻本亮平)

「渡ってこない」思い込み

 事故は2016年10月26日午後4時8分、愛知県一宮市の市道交差点にかかる信号機のない横断歩道上で起こった。敬太さんが同じ学校に通う児童と集団下校する途中のことで、自宅まであと250㍍。10㍍後ろを、当時小学6年のお兄さんと、その友達がついて歩いていた。
 敬太さんたちの目の前の横断歩道を、軽ワゴン車がすーっと横切っていく。これを見た敬太さんが、先頭に立って横断歩道を渡ろうとした時、一緒に下校していた児童は、向かって左側40㍍の位置から近付いてくる白い軽トラックを見た。
 敬太さんが横断歩道を半分ほど渡る。しかし、トラックは減速しない。お兄さんとその友達が敬太さんに声を掛けた。「敬太、トラックが来ている。危ないぞ」
 後の供述によると、トラックを運転していた建設会社勤務の男性はその時、車を走らせながら、スマホを運転席横のシートに置き、ゲームアプリ「ポケモンGO」で遊んでいた。アプリを起動させた状態で会社を出発し、建設現場に向かう途中だった。彼は、ながら運転の常習犯だった。
 38㍍手前の地点で、横断歩道近くの敬太さんたちに気付いたが、渡ってこないだろうと考え、スマホに視線を向けた。横断歩道の手前6㍍ほどの位置に、アプリ上のアイテムを入手できるスポットが設定されていた。前を向かないまま車を走らせる時間が、3秒間――。
 ドライバーが顔を上げ、横断歩道上の敬太さんに気付いたのは、その2.8㍍手前の位置だった。ブレーキを掛けたが、間に合わない。軽トラックは時速30㌔超で敬太さんと衝突した。
 トラックは敬太さんを跳ね飛ばした後、前輪の車底部でその体を10㍍ほど引きずり、最後は体に乗り上げる形で停車した。
 横断歩道に、敬太さんの靴の片一方が転がっていた。お兄さんが拾い上げ、倒れている敬太さんに近寄った後、その靴を自宅の玄関先まで運んだ。お兄さんは祖父母とともに敬太さんが搬送された病院へ向かった。崇智さんとお母さんも、一報を受け、それぞれの職場から病院へ急いだ。

そんなことで… 原因聞きがくぜん

 病院では医師による懸命な治療が行われていた。家族は、敬太さんの無事を祈っていた。その場に、警察官が、事故現場に残されていた敬太さんの持ち物を持ってきていた。敬太さんが左脇に提げていた水筒は、トラックとの衝突で無残にひしゃげている。まだお茶が残っているのに、変形して開けることができない。お兄さんは水筒を握り締め、「父ちゃん、水筒が壊れちゃった。敬太の水筒が壊れちゃったから、直してあげないといけないんだよ」と言って、真っ赤な顔で泣いた。
 午後6時6分、敬太さんは急性の出血性ショックによって、天国へと旅立った。最期は、家族で敬太さんの手を取り看取った。敬太さんが亡くなった後、お兄さんは崇智さんに「敬太は何でも一番乗りが好きだったから、天国まで一番乗りしちゃったんだね」とつぶやいた。
 翌日、一宮警察署で初めて事故原因を聞き、崇智さんはがくぜんとする。崇智さんは当時を振り返り、「ポケモンGOが配信された16年7月以降、プレーヤーが危険な場所に立ち入ったり、死亡事故につながったりするといったニュースは見聞きしていたが、まさか息子がその被害者になるとは想像もできなかった。そんなことで命を落としてしまうのかというがくぜんとした思いと、憤りと、この気持ちをどこにぶつけていいのか、という思いがあった」とやり切れない思いを明かす。
 事故発生から数日が経ち、加害者の勤める建設会社の社長が、崇智さんの自宅へ謝罪に来た。社長は敬太さんの通夜にも参列していたそうだが、崇智さんは知らなかった。社長は崇智さんに、自社社員の起こした交通事故について謝罪していったが、崇智さんは「こちらに伝わることはなかった」と言う。更に1週間後、社長は再び崇智さんを訪問し、示談を提案した。崇智さんは「不信感があったので、その後、面会は一切していない」と話している。
 また、崇智さんは、加害者本人とは、事故後の刑事裁判の時以外、一度も顔を合わせていない。17年3月8日、名古屋地裁一宮支部から禁錮3年の実刑判決を受けた加害者は、現在は既に出所しているはずだが、「一度も謝罪はないし、会ったこともない」と言う。

再発防止むけ行動 厳罰化の契機に

 崇智さんは、敬太さんを「明るくて、ユーモアのセンスがある、楽しい子だった」と語る。
 兄弟仲が良く、ご近所にも元気にあいさつできる子だった。兄弟で色々な習い事をしていた。空手は始めて1年と少しが経ち、昇段審査も合格して、より意欲的になってきたところだった。家族に「僕も今度、お兄ちゃんと同じ色の帯になれるよう頑張る」と話していた。
 「我が家の中では、太陽のような存在の子だった。亡くなって、家族の中で一つぽこっと火が消えてしまった感じがした」(崇智さん)
 事故後、崇智さんは自分たち家族が遭ったような悲惨な事故の再発防止に向け、積極的に行動を続けている。事故の直後、大手新聞社の取材を受け、「二度とこういう事故が起こってはいけない。悲しむ方を減らしたい」と気持ちを固めた。
 16年12月には、大村秀章愛知県知事、中野正康一宮市長と共に、松本純国家公安委員長と面会。ながら運転の対策強化を訴え、19年12月の道路交通法改正による、ながら運転厳罰化の契機となった。
 他方で、17年5月からは、学校、警察、トラック運送を含めた民間企業、業界団体などの要望を受け、講演会で自分たち家族の体験を伝えた。事故が発生してから、これまでの5年間で、約160カ所を回った。
 崇智さんは「プロの職業ドライバーの皆さまはエッセンシャルワーカーとして重要な役割を果たし、ほとんどが交通ルールを守る方ばかりだと思うが、ごく少数、守らない方もいらっしゃる。トラックのハンドルを握る時は、命を握っているという思いを持って運転し、一般ドライバーの模範となっていただければ」と思いを口にする。
 また、ながら運転の防止について、「マスコミが取り上げ、一時は減ったが、最近はまた増えてきているように思える。モラルとマナーだけに頼らない対策を積み重ねていくことが必要だ」と警鐘を鳴らす。

絵解き=事故現場となった横断歩道にはその後、信号機が設置された(8月、遺族提供)

【記者の目】数知れぬ悲しみがある

 警察庁の統計によると、道路交通法が改正された2019年12月以降、20年のながら運転による事故件数は1283件で、19年の2645件の半分以下まで減った。この規制強化は多くの命を救ったが、逆に、法規制以前に発生していた事故の多くは、本来は防げた事故だったとも言える。ながら運転に限らず、行政には、時流や交通環境の変化を捉え、事故が起こって大きく取り上げられる以前に、先手で対策を講じるよう求めたい。
 また、敬太さんが事故に遭った信号機のない横断歩道は、町内の署名運動により、事故から約9カ月後の17年8月31日、場所を6㍍ほど移し、押しボタン式の信号機を付けて再整備された。こういった、事故が起こりかねない「危険な道路」は全国に存在し、対策されないまま見過ごされているのが現実だ。
 ながら運転で言えば、依然として発生している1283件の事故も、もちろん無視できるものではない。このうち死亡事故となったのは20件に上っている。一件一件に、被害者本人はもちろん、その周囲にいる数知れない人たちの悲しみ、悔しさ、憤りがある。更に、その人たちの人生を壊してしまうことも決して忘れてはならない。(辻本亮平)

則竹崇智さんと亡くなった敬太さん(遺族提供)




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