新運送約款1年、事業者の半数が未採用 資料不足 営業不足 交渉の武器を使いたくとも 「頭打ち」打開へ対策必至
行政
2018/11/01 0:00
新標準貨物自動車運送約款の施行から間もなく1年を迎える。運送の対価を運賃として明確化するとともに、これまで規定されていなかった積み込み、積み下ろし、荷待ちの対価を「料金」として明示できることは、トラック運送事業者にとって荷主との運賃・料金交渉で大きな武器となる。ただ、いまだ新約款を採用していないとみられる事業者は半数程度に上り、新約款に基づく運賃・料金設定の届出件数も頭打ちの状況だ。(田中信也、佐々木健、井内亨、河野元、小菓史和) 2017年11月4日、貨物自動車、貨物軽自動車の両標準運送約款の改正告示が施行。国土交通省は運送事業者に対し、新約款を営業所に掲示するとともに、「積み込み料」「取り卸し(積み下ろし)料」「待機時間料」などを明示した新たな運賃・料金への変更を「施行以降速やか」(自動車局貨物課)に運輸支局へ届け出るよう求めていた。 そのため、国交省は運賃・料金設定(変更)届出書の様式例を公表。地方運輸局や運輸支局を通じ、周知に努めた。これを踏まえ、都道府県トラック協会やトラック事業協同組合などもフォーマット(ひな形)を提示するとともに、一括提出を促してきた。 早期に大半の事業者が新約款へ移行するとみられていたが、施行1カ月後の17年12月15日時点で届出件数は1万7397件。旧約款の認可件数5万7008者の30.5%にとどまった。 それでも、運輸行政当局と業界双方の普及啓発の活動が徐々に実を結び、18年9月末には全事業者の半数が届出を提出するまでに至った。ただ、10月19日時点の届出件数は2万8679件、届出率が50.2%で、頭打ちの感は否めない。 「運賃と料金が明確に区別されたことは、適正運賃収受に向けた大きな一歩。法令順守の観点からも届出率は100%であるべき」(田中亨・滋賀ユニック社長、68、滋賀)との声に代表されるように、トラック業界の健全化に向けては、半数程度の普及では不十分。全ト協の坂本克己会長(80)も「業界の不公正競争の現れ。悪貨が良貨を駆逐する構造を象徴している」と嘆く。 もちろん、「なし崩し的に全て(の対価)を運賃に含めている荷主に対しても、納得してもらえるか否かはともかく、交渉しやすくなった」(佐野信文朝日運輸社長、64、富山)という意見もあるように、新約款の導入は、業界全体の健全化のみならず、個々の事業運営上もプラスになる。 届出率が伸びていないことについて、中小・小規模のトラック運送事業者を顧客に多く持つ高山行政書士事務所(千葉市美浜区)の高山正孝所長(74)は「荷主と交渉できていないことが大きな理由だろう。交渉するだけの資料を持ち合わせていない上、営業部隊といった人材がいないケースが多い」と分析。新約款を導入したくないのではなく、手の付けようがない事業者が相当数に上ると考えられる。 一方、北関東地方のある事業者は「全てのコストを含めた形で『運賃』として収受してきたので、原価をオープンにしないと交渉ができず、そうした場合、運賃が安くなってしまう可能性がある」と本音を漏らす。このように料金を明確化することで、むしろ対価が下がる「やぶへび」を危ぐする事業者も少なくないようだ。 また、この事業者は「旧約款のタリフ(運賃表)は届け出ていないのではないか」と打ち明け、別の事業者も「旧運賃のタリフは出していないようだ」と話している。物流2法の施行に端を発するトラック運送事業の規制緩和から30年近く経ち、運賃の設定が事実上形がい化したため、「運賃・料金の変更を届け出たくても、そもそも(設定運賃が分からないので)どこを変更すれば良いのか分からない」といった、極めて初歩的な問題が障壁となっている可能性すらある。 更に、ある国交省の現役官僚は「新約款に基づく運賃・料金の(現時点での)届出率は妥当で、そもそも100%は無理」と断言する。契約の多層構造が進むトラック業界では「真荷主と直接契約していない下請事業者は『運賃は傭車費』と考えており、届け出る必要性を感じていない」と解説。一概に当てはまるとはいえないものの、元請けと下請けでは契約に対する意識が異なることは当然であり、一律に新約款を普及させることは至難の業であるといえる。 トラック業界と運輸当局は、新約款の普及拡大を促していく一方、適正運賃・料金収受に向けた新たな取り組みを検討する。国交省は荷主向けにトラック事業に必要なコスト構成を提示する手引書の策定を進め、全ト協では貨物自動車運送事業法を議員立法で改正し、参入規制の厳格化や荷主の優越的地位の乱用を抑制する対策の強化を模索する。 だが、付帯作業や荷待ちに対する対価を設定できる新約款は、労働条件改善を進める上で、現場レベルでの「セーフティーネット」として極めて重要。燃料サーチャージは08年の制度創設後、導入する事業者が加速度的に増えたが、やがて失速し、頭打ちとなった。2年目を迎える新約款が同じ道をたどることがないよう業界、運輸当局は引き続き対策に力を入れていくべきだろう。 【写真=荷待ちに対する対価を自ら設定できる新約款はセーフティーネットとして有効(イメージ写真、一部画像処理)】