改善基準告示見直し、持続的発展の観点必要 運送業界「多面的に行うべき」 運行形態に基づく運用を
行政
2018/06/21 0:00
働き方改革関連法案で規定する自動車運転業務への罰則付き時間外労働上限規制の導入を受け、厚生労働、国土交通の両省は、改善基準告示の改正を視野にドライバーの労働時間に関する検討に着手する。見直しに当たっては、トラック運送業界の労使から「自動車運送事業の持続的発展の観点から、単なる時間短縮ではなく、運賃・料金の適正収受、業界の地位向上などに向けて多面的な見直しを行うべき」といった注文が出ている。(田中信也、那須野ゆみ、佐々木健、高木明、武原顕) 改善基準告示の見直しは、過労死の発生を防止する観点から、衆院厚生労働委員会が付帯決議で要請。働き方改革関連法案は衆院を通過し、現在は参院で審議中だが、高度プロフェッショナル制度の創設などを巡り与野党が激しく対立しており、現時点で法案成立の見通しは立っていない。ただ、参院も改善基準告示の見直しを踏襲する公算が大きい。 罰則付き時間外労働上限規制は、自動車運転業務では法施行から5年間、適用が猶予され、この間は現行の改善基準告示を継続するとみられていたが、付帯決議では告示の見直しの時期を「施行5年後の特例適用までの間」としていることから、改正を前倒しする見通しだ。 国会審議が進行中で、成立後も関係政省令の規定など19年4月予定の法施行まで厚労省の作業が目白押しのため、改善基準告示の見直しに着手できるのは19年度以降になるとみられる。 ただ、現行の改善基準告示ができたのは、1985年12月に労働相(当時)の諮問機関、労働基準法研究会が「自動車運転者の労働時間規制の見直し」に言及し、86年12月に「関係労使での検討」を建議したのが発端。これを踏まえ、トラック、バス、タクシーの各業界からそれぞれ労使2人が参加する小委員会を87年4月に立ち上げ、1年半にわたる協議を経て、88年10月に労働相へ報告し、89年2月に告示――と策定までにかなりの期間を要している。 今回の改正に当たっても、厚労相の諮問機関である労働政策審議会の下に、業界労使が参加する専門委員会を設け、自動車運転業務を所管する国交省も交えて検討していくとみられる。根本から課題を洗い出した上での慎重な協議が求められるが、上限適用が24年4月と決まっているため、事前の準備も含めると時間的猶予はあまり無い。 全日本トラック協会(坂本克己会長)は働き方改革関連法案が未成立のため、現時点では慎重姿勢を崩していない。最終的には、時間短縮など一定の規制強化は避けられないとみているが、「拙速な結論に走ることなく慎重に議論すべき」(全ト協幹部)とクギを刺す。 特に夜間、長距離の運行が多い地方のトラック運送事業者からは、かねて現行の改善基準の緩和を求める声が大きい。 熊本交通運輸(住永金司社長、熊本県益城町)の吉川誠常務(53)は「ドライバーからは(告示で規定する)4時間乗務で30分の休憩や、8時間以上の連続休息は『押し付けられ感』が強いとの意見がある」と指摘する。また、「長距離運行は(現在の告示では)日数平均で合法となっているが、これ以上厳しくなるといよいよ長距離はできなくなる」と懸念。運行形態や地域性、取扱品目などに基づく「弾力的な運用を期待する」としている。 一方、富良野通運(北海道富良野市)の藤田均社長(69)は「あまり気にしていない。昭和の時代に定められた基準を今まで順守できなかったことが本当はおかしい。なぜ守られなかったのか、根本から問題を掘り起こして欲しい」と話す。 サンコー(栃木県日光市) の阿部光記社長(39)も「どうしても高齢のドライバーに活躍してもらわねばならない中、労働時間規制の強化はやむを得ない。緩和されれば運行管理上は助かるが、どちらを望むかといえば強化だ」と明言。ただ、「運賃を値上げできる環境が整備されなければ、規制強化の効果は無い」とも言及している。 労働者側は、自動車運転業務の特例である年間960時間の上限規制を「過労死ライン」と指摘し、更なる規制強化を要請。運輸労連は18年度の運動方針案で、将来的に一般則の年間720時間の適用を見据えるとともに、現行の改善基準が継続される場合も、年間最大拘束時間3516時間を3300時間以内へ速やかに短縮するよう求めている。 交通労連の山口浩一トラック部会長(62)も、施行から5年の猶予期間を「業界の労働実態を踏まえれば、ある程度の期間は必要だが、少し長過ぎる。経営側が(上限規制に)少し及び腰になっている気がしてならない。今、前進させていかなければ、若者や優秀な人材が集まらなくなる」と指摘。一般則の適用を念頭に「『長時間労働ありき』の給与体系から、他産業並みに労働時間を短縮しても、生活できる賃金制度設計に努めて欲しい」としている。 上限規制については労使で温度差がみられるものの、労働時間、賃金水準両面でのドライバーの待遇改善を実現し、トラック産業の持続的発展を目指す方向性は一致している。改善基準告示の見直しに際しては労使の声を踏まえ、現場の視点に立った検討が行われなければ「改悪」になりかねない。 【写真=特に夜間、長距離の運行が多い地方のトラック運送事業者からは、改善基準の緩和を求める声が大きい(イメージ写真)】