トラック運転者、超高齢化へ 業界挙げた対策必要 悲惨な事故 社会問題化
物流企業
2017/01/12 0:00
世界に先駆けて超高齢社会を迎えた日本は、社会保障費の膨張が続き、将来に暗い影を落としている。こうした中、高齢者の定義を現在の「65歳以上」から「75歳以上」に引き上げ、現役世代の範囲を74歳まで延長すべきとの声が高まりつつある。若年層の就業が停滞し、深刻な労働力不足が懸念されるトラック業界でも、高齢ドライバーの活用が事業の存続・発展のカギを握るが、高齢者の危険運転による悲惨な事故も社会問題化している。ドライバーの超高齢化を想定し、業界を挙げた対策に取り組む必要がある。(田中信也、北原進之輔、佐々木健、河野元、渡辺耕太郎、矢野孝明、上田慎二) 日本老年学会(大島伸一会長)と日本老年医学会(楽木宏実理事長)は5日、高齢者の定義を10歳引き上げ、75歳以上を高齢者とすべき――と国へ提言した。現在の高齢者について「10~20年前と比較して5~10歳若返っている状態」とした上で、特に前期高齢者とされる65~74歳は「心身の健康が保たれ、活発な社会活動の可能な人が大多数を占める」と指摘。また、各種の意識調査でも、65歳以上を高齢者とすることに否定的な意見がみられることを踏まえ、報告書では75~90歳を「高齢者」、90歳以上を「超高齢者」と呼ぶのが妥当――としている。 内閣府が2016年度に実施した調査(高齢者の日常生活に関する意識調査)でも「70歳以上あるいは75歳以上が高齢者」と考える意見が多い。「現役世代」の範囲が広がり、年金や医療費を負担する側が増えれば、膨らみ続ける社会保障費を削減する効果が期待できる。政府が定義の見直しに動く可能性は低くないとみられる。 ただ、企業の雇用に目を向けると、定年後の再雇用を含めて就業希望者の雇用を義務付けられているのは65歳までで、定年を66歳以上に設定している企業はごくわずか。こうした実状を踏まえると、経済界は一律的な現役世代の拡大には慎重姿勢だ。 他方で、人口減少と超高齢化が同時進行する中、現役世代がやせ細り、多くの業界が労働力不足に頭を悩ませている。トラック業界はその最たる業界の一つであり、総務省の労働力調査によると、道路貨物運送業で「10・20歳代」の占める割合が05年の44.0%から5年には29.1%と激減し、逆に「60歳代」は9.6%から15.1%に増えている。 こうした状況から国土交通省はトラック産業の活性化方策として若年労働者雇用拡大を促す一方、高齢者の活用も打ち出している。 「30年以上前から高齢者の再雇用制度がある」(浦野征一郎三和運輸専務、45、富山)。運輸行政が旗を振らずとも、物流の現場では以前から高齢ドライバーの活用に積極的に取り組んできた。警察庁が発表している運転免許統計(15年版)によると、「65~69歳」の運転免許保有者(男性)は「40~44歳」に次いで多く、65歳超のトラックドライバーが当たり前になる可能性は低くない。 16年10月、神奈川県で87歳の男性の運転する軽トラックが集団登校中の小学生の列に突っ込み、6歳の児童が犠牲になった。このほかにも高齢ドライバーによる事故が相次ぎ、社会問題となっている。プロドライバーによるものでは、昨年12月に福岡市の病院に64歳の男性が運転するタクシーが突っ込み、3人が死亡した事故が記憶に新しい。 87歳の男性が逮捕の後、「子供たちにどうやってぶつかったか覚えていない」と供述しているように、高齢者による認知症が原因とみられる事故のケースは少なくない。「これから65歳以上の免許保有者の割合が高まれば、認知症のドライバーも一気に増える計算。(高齢者が事故を起こした時)事業者はいかに責任を取るのか」と、川崎陸送(東京都港区)の樋口恵一社長(58)は警鐘を鳴らす。 ただ、営業用トラックのドライバーは荷役作業を伴うため、タクシーのような「超高齢者」はいないとされている。「当社では定年を65歳に設定し、健康に働ける人には65歳以上でも勤めてもらっているが、庫内の軽作業などに従事するケースが大半」(川崎敬文東部運送社長、68、新潟)、「65歳ぐらいまでに、徐々に仕事内容を軽くさせる」(横内正晴丸豊陸運社長、70、北海道)など、「65歳」がドライバーとしての事実上の上限とされているようだ。 その一方で、「一度、中京方面の協力会社から75歳ぐらいのドライバーが集荷に来たことがあった。パレット積みの作業がつらそうなので、半分ほど手伝った」(巻島孝弘巻島商事専務、42、栃木)との証言もある。千葉県トラック協会(角田正一会長)の適性診断受診者を基にした年齢別構成比(15年度)では、「70~74歳」が1.44%、「75歳以上」も0.22%をそれぞれ占めており、70歳代のドライバーは少なからず存在する。 しかし、高齢ドライバーの概況や事故の傾向に関するデータはほとんど無く、業界全体で有効な対策を打てていない。もちろん、輸送の現場では「運行距離に応じて年齢を制限しており、長距離は60歳未満としている」(森川公道前運送社長、49、愛媛)、「安全管理者と高齢ドライバーの双方で、前回の適性診断受診時からの経年変化などを念入りにチェックし、仕事への影響を話し合っている」(三浦政人鶴見運送社長、55、大分)など、それぞれ安全性の確保に努めている。 運転技能に関しては、体力の衰えを経験でカバーできれば、加齢による低下はあまりみられないようだ。ただし、全日本トラック協会(星野良三会長)の永島功常務(59)は「50歳代は10年前よりむしろうまくなっているが、60歳代以上はサンプルが少なく、裏付けが無い」と指摘する。その上、高齢者の運転には認知症のリスクに加え、動体視力の低下や生活習慣病などによる健康起因事故、荷役時の労働災害事故などの危険性がはらむため、「さすがに70歳代では厳しい」。 それでも、現役世代拡大の流れや深刻な労働力不足にはあらがえず、70歳代のドライバーを容認することが時代の趨勢(すうせい)になる公算が大きい。 まずは雇用する事業者が、適性診断受診時や免許更新時はもちろん、毎日の点呼などを通じ、ドライバーの健康管理に日々心を配ることが重要となる。それでも個々の事業者任せでは限界があるため、高齢ドライバーの雇用・業務・運転に関するガイドラインといった自主ルールを業界が構築する必要があるだろう。 【写真=運転技能以上に荷役時の労災事故や健康起因事故などの危険性をはらむ(イメージ写真)】