中・大型免許取得費用、退職時の返還要求可能か
物流企業
2016/08/22 0:00
ドライバー不足を背景に、未経験者を採用して育成する運送会社が増えてきた。採用した新人が普通自動車免許しか持っていない場合、中・大型免許の取得費用は会社が負担するケースが多いが、早期に退職したらコストが無駄になる。こうした場合、本人に費用の返還を求めることはできるのだろうか。Q&A形式で紹介する。(江藤和博) Q 労働基準法との関係は。 A 経営者の感覚から言えば、心情的に資格の持ち逃げは許せない。しかし、労基法16条では「労働契約の不履行(退職)について損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と定めている。会社による不当な足止めを阻止するための条項で、「1年以内に辞めた場合は、免許取得費用を返還する」といった定めは、それだけで16条違反になる。 また、従業員本人の自由意思ではなく、会社の都合で免許取得が命令され、従業員が費用を負担する場合は、会社の経費を労働者の給料から支払わせているとみなされ、労基法24条(賃金全額払いの原則)に抵触することになる。 Q では、費用返還は全て違法なのか。 A 従業員と貸付金契約を結ぶ方法がある。貸付金だから、会社は費用を支給したわけではなく、立て替えているにすぎない。早期退職した従業員が借りたお金を返すのは、損害賠償に当たらないという考え方だ。ただし、貸付金契約を結ぶには①資格取得が業務命令ではなく、本人の自由意思による①費用を返還すればいつでも退職できる②貸付金の額は実費のみで合理的なものである③貸付金免除までの勤務期間が妥当――などの条件が付く。労働契約書や就業規則には、一定期間勤務した時は返済を免除する旨の規定を盛り込んでおく必要がある。 Q 免許取得費用返還を巡る判例はあるか。 A タクシー会社が、5カ月で退職した従業員に2種免許取得費用などの返還を求めた裁判(2004年5月13日名古屋簡易裁判所判決)では、「2種免許の取得費用は、業務遂行のための費用として本来、会社が負担すべきであり、従業員が支払うべきいわれが無い」とした。理由として「タクシー会社にとって2種免許取得者は、自己の事業を営む上で不可欠の存在であり、採用した従業員にこの免許を取得させることは、単なる新入社員教育にとどまらず、営業活動を営む上で必須の業務となる」と指摘している。 一方で、免許取得費用の貸付金契約に違法性は無いとし、従業員の返還義務を認めた判決もある。09年9月3日の大阪地方裁判所の判決(T交通事件)だ。T交通はタクシー会社で、返還免除特約付きの消費賃貸契約を結んでいた。 判決の理由として、大阪地裁は「従業員が『実働800日乗務完了をもって、返還の義務を免除する』と記された金銭消費賃貸借契約言に署名、押印していた。会社は自動車教習所の費用明細書を示し、従業員はこれにも署名していた」ことを挙げている。 また、もう一つの理由として「(2種免許は)他のタクシー会社に就職してもその資格が生かせるのであって、教習費についてはそもそも従業員が負担すべき費用を会社が代わって支出したにすぎない」としている。 Q 見解が分かれている。 A 名古屋簡裁の判決は業務性を重視している。トラック事業者にとっても中型以上の免許は不可欠で、この判決に従えば、会社が費用を負担しなければならないことになる。一方で、大阪地裁の判決は、資格取得は本人の自由意思に基づく必要があることを前提とした上で、より実態に合わせている。同業他社でも使える免許の取得費用を「従業員が負担すべき」とした点は、会社側にとって評価できる点だ。ただ、一つの地裁での判断であり、これからより業務性を重視した判例が出てくる可能性は否定できない。 大阪地裁判決から考えれば、まず貸付金制度について詳細な説明をし、従業員の同意を得て署名、押印を取っておくことが重要だ。また、資格取得は業務命令ではなく、本人の自由意思であることを文書などで明確にしておく必要がある。更に、会社の負担を支給の名目にすると返還が難しくなるため、補助する形にしておくべきだろう。 【写真=「1年以内の退職は免許取得費用を返還する」といった定めは労基法違反】