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経営学者の坂本光司氏/ロジスティクスへの提言、社員の幸せ第一に

その他

2025/01/31 5:30

 人口減少や時代の変化で、物流会社も従来と同じやり方では立ち行かなくなってきた。「2024年問題」で労働時間を削減した後の最大の悩みとして、「人手不足」を挙げる会社は多い。8千社を超える企業を訪問し、「良い会社」について研究する元法政大学大学院教授で経営学者の坂本光司氏に、人が集まる会社について聞いた。(宮﨑茉里奈)

運転者にも机と椅子を

 ――物流会社を訪問、研究した印象は。
 各地の物流会社を訪れたが、運送事業者で一番すごい会社だと感じたのは、収集運搬業を行っているアドバンティク・レヒュース(松本清社長、前橋市)。給料が高く、入社希望が殺到しているという。良い会社もある一方、ドライバーにロッカーしか与えず、席を用意しない会社も多い。会社にいる時間が少ないとはいえ、疲れて帰ってきたドライバーを物置きみたいな場所に座らせるのは失礼だと感じる。社員の一人として、日差しの当たる場所に机と椅子を置いて、居場所をつくるべき。
 ――物流業界の地位向上が求められている。
 飛行機の運転者は「パイロット」と呼ばれ、トラックの運転者は「運ちゃん」とも言われる。社会的地位が低いと若い人がドライバーになろうとは思わない。それは社会にも問題があるが、社長が経営について勉強不足なことも原因の一つではないか。
 全ての行動には目的と手段、結果がつきもので、その中でも手段や結果を大事にしている経営者が多い。しかし、一番大事なことは目的。その目的も、業績や会社を成長させることではなく、社員やその家族など関係する人を幸せにすることが重要だ。何のために会社は存在するのか。「会社の目的は、社会に役立つこと。企業経営とは、会社に関わる全ての人を永続的に幸せにするための活動」だと考える。

ESなくしてCSなし

 ――良い会社とは。
 良い会社は5者を幸せにする。それは①社員とその家族②取引先とその家族③現在顧客と未来顧客④地域社会⑤株主――だ。大切にする順番は社員とその家族が第一にくる。
 社員は、所属する組織に満足していないと、顧客を満足させようとは思わない。荷主や親会社のほうを向いて経営している会社の社員は、実力を隠すようになる。物流会社も、いい加減な運び方をしていては、顧客を感動させることができない。
 ES(従業員満足度)なくしてCS(顧客満足度)なし。顧客を大切にする前に、まず社員を幸せにし、満足に稼げるようにすることで、人が辞めない魅力ある会社・業界になる。
 ――社員を大切にする会社は人手不足に困らず、業績を伸ばしている。
 業種を問わず8千社以上を見てきたが、社員のモチベーションが高い会社で業績が低いのを見たことがない。取引先や会社の規模、所在地は関係ない。顧客も、取引先の社員がやりがいを持って働いているかを見て判断する。
 埼玉の鋳物屋で、いわゆる3K(きつい、危険、汚い)と呼ばれる業種だが、人手不足に困っていない会社がある。そこは、社員食堂で365日違う料理を提供し、社員は自社や同僚の悪口を言わない。大手企業から内定が出た子どもに、同じ会社への入社を勧める社員がいるほどだ。
 ほかにも、「社員に元気で長く働いてもらうためには、社員を支える家族も元気で長生きでなければいけない」と、社員やその家族の人間ドック費用を負担している会社もある。社員の大切な人にも誕生日にケーキや花束を贈る会社など、社員とその家族第一主義の会社を多く見てきた。その点、物流業界は遅れていると感じる。
 ――社員のモチベーションが下がり、辞めていく理由は。
 一番多いのは、「経営者に対する不信感」だ。その次に、「人間関係」「正しくないことを強要された時」が続く。
 経営者が立派な家に住み、私用のガソリン代を会社の経費で落とすなど会社を私物化していないか。そのような社長には、「社員の10倍の給料をもらって社員の10倍働いているのか」と問い掛ける。社長は偉い人ではなく、社長という仕事をしている社員のこと。役割の違いだけだ。社員は言わないだけでその姿を見ている。社員が、自分たちが大切にされていると思えるか、生まれ変わってもこの会社で働きたいと思われる経営を貫くことで、社員は価値ある提案をする。
 ――労働時間を減らすには。
 研究していると、社員が集まる会社の1カ月当たりの残業時間は10時間以下だ。残業手当が生活費の一部になっているからしているだけで、好きで残業している人はいない。残業時間が月40時間だった会社も、残業をしない約束で手当として出していた額を基本給に含めると、社員同士の助け合いが生まれ、残業がほとんどなくなった。そのような会社はたくさんある。
  家族の幸せの一つは団らんの時間だ。幼い子どもが起きている時間に帰宅し、家族一緒に夕食を取ることで幸せを感じる。

給与増目標に経営計画

 ――選ばれる会社になるために何が求められるか。
 労働力人口はこの20年間で1100万人減少しており、転職者は1年で400万人。転職したいと思いながら働いている人は1千万人を超え、人は流動化していく。これから50年先を考えると、人手不足に陥らないように、業種を問わず人の取り合いになる。
 台湾のTSMC(台湾積体電路製造)熊本工場の大卒初任給は28万円。更に、24時間運行のマイクロバスのドライバーの年俸は500万~1千万円で、タクシーの運転者からの応募が殺到した。労働環境を良くし、賃金を上げなければ選ばれない。
 人件費はコストではなく、社員を幸せにするために上げるものだ。経営計画は、休日や給与を増やす目標を掲げ、そのために売り上げをどうするかで立てていく。それには、良い会社との取引が必要になる。良い会社になりたければ、良い会社と取引をすること。自動車メーカーが部品メーカーから1日に何回も納品させることも大きな問題だが、誰かの犠牲の上に成り立つ経営は、欺瞞(ぎまん)である。理不尽なことを平気でする会社からの売り上げが全体の5割であれば、3割、1割と依存度を減らす努力をしなければならない。
 ――人手を確保する方策が必要だ。
 北陸トラック運送(水島正芳社長、福井市)には、女性ドライバーだけのチームがある。岡山の女性だけのタクシー会社は、昼だけの稼働にするなど工夫している。
 お金のためだけでなく、社会参加や健康のためなど、空いた時間を使いたい人はいる。そのような人が集まってくるように、女性や高齢者が働きやすい職場づくりをすることが人手不足を解消する鍵になる。
 ある人材派遣会社では、東京の若者向けに稲刈りやお茶摘み体験を打ち出し、人手不足の農家に派遣している。面白そうだからやってみたいと人が集まっている。
 働き方改革というが、100人いれば100通りの働き方があっていい。子育てや親の看病など人によって様々で、全員が同じ働き方ができるわけではない。物流業界も、1人ひとりが幸せを実感できるような働き方ができたらいい。

会社の魅力向上が必要

 ――物流業界にメッセージを。
 30年には35%の荷物を運べなくなると言われているが、人工知能(AI)やロボットの開発が進んでいる。それらを組み合わせた物流企業など、新しい会社も出てくるだろう。高速道路の下にベルトコンベヤーを設置すれば、長距離運転による長時間労働はなくなると考える。
 心配すべきは、今いる誠実なドライバーがこれからも居続けてくれるか、自社がなくならないか、ではないか。同業種・異業種間で連携する会社も出てきたが、魅力のある会社でなければ連携してもらえない。問題は内部にある。
 どんなに苦しくてもトンネルの先に光を見られれば、今の苦しみを乗り越えられる。社員を第一に考え、人が集まる会社への魅力向上が必要だ。社員が5年先、10年先の夢と希望をイメージできるよう、24年問題を機に経営者の考え方が変わり、物流業界も変わってほしい。


【プロフィル】
 さかもと・こうじ 1947年生まれ、静岡県出身。法政大学経営学部卒業。全国8000社以上を訪問し、中小企業経営論、地域経済論、福祉産業論を研究する。浜松大学教授、法政大学大学院政策創造研究科教授を経て、現在、人を大切にする経営学会会長。著書に『日本でいちばん大切にしたい会社1~8』(あさ出版)、『経営者のノート 会社の「あり方」と「やり方」を定める100の指針』(同)など。

坂本光司氏

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