カスハラ、社会問題化 「ロジハラ」根絶へ
その他
2025/01/28 5:30
顧客からの暴言、不当な要求、脅迫といった著しい迷惑行為、カスタマーハラスメントが大きな社会問題となっている。物流では、荷主からドライバーに対する暴言や不当な要求はもとより、トラック運送事業者も含んだ優越的地位の乱用や、事業所内でのパワーハラスメント、配送先でのドライバーの問題ある言動、過積載やごみのポイ捨てといった社会に対する迷惑行為といった行いも含め、「ロジスティクスハラスメント(ロジハラ)」として根絶を図っていく必要がある。(特別取材班)
24年問題で対応急務
厚生労働省は、全ての事業者にカスハラ対策を義務付ける関連法案を次期通常国会に提出する方針を固めている。
トラック業界でも、事業者に対する優越的な関係を背景に、荷主や宅配便を利用する一般消費者によるドライバーへの暴言、契約にない過剰な要求、業務に対しての不当な言い掛かり、悪質なクレームなどが近年増加。「2024年問題」への対応として、労働条件の改善とともに、ドライバーの安全と健康を守り、精神的被害を防ぐ観点からカスハラ対策が急務となっている。
南関東のあるトラック事業者は、納品先でのハラスメントの社内実態調査を実施。発荷主との契約にはない荷役作業を着荷主から求められていた。発荷主との契約で「無人納品はNG」となっているにもかかわらず着荷主からカギを渡され無人の庫内に置くよう指示されるなど、着荷主が契約内容を理解していないことが原因となったトラブルが目立っていた。
着荷主からドライバーが叱られたり、不機嫌な対応をされたりするケースに加え、ドライバーが反論したり、着荷主の要求に応えなかったりすることで、逆にハラスメント扱いされる可能性もある。調査ではこうした現場の実態を把握し、全ての発荷主に対して調査報告書として提示し、対策を促す方針だ。
事業者単位はもとより、業界を挙げたカスハラ対策も進みつつある。滋賀県トラック協会(松田直樹会長)では、カスハラの実態調査に取り組んでいる。調査結果を踏まえ、適切な対応や防止策を講じることで、ドライバーと事業者の社会的地位向上と円滑な業務遂行につなげたい考え。松田会長は「これまで顧客から無理難題があってもサービスと思って対応してきたが、その中にはカスハラに当たるものが含まれている可能性がある」と強調する。
全ト協が年度内に指針作成
また、全日本トラック協会(坂本克己会長)は、エッセンシャルワーカーであるドライバーの社会的地位向上につながる対策を講じるため、「ドライバーの社会的評価の向上に係る検討委員会」(松田委員長)を24年12月に発足させた。
検討委には、トラック事業者のほか、国土交通、厚生労働の両省の担当官がメンバーに加わり、荷主を所管する経済産業、農林水産の両省もオブザーバーとして参加。カスハラの事例と実態把握、事業者がドライバーを守るために取るべき対策、荷主・消費者に対する適切な情報発信などを検討する。24年度末までにガイドラインを取りまとめる予定だ。
アスロードホールディングス(横浜市鶴見区)の安田浩社長は「荷主もドライバーにやめられると困るので、荷主がカスハラを意識してドライバーに掛ける言葉を慎重に選ぶようになってきている。特に、食品メーカーや大手問屋はコンプライアンス(法令順守)の意識が高い」と話す。このため、自社でも「指導する際もこれまで以上に丁寧な言葉遣いを意識しないといけないので、気を付けている」とする。
もちろん、ハラスメントはカスハラだけではない。トラック事業者内でも、経営者・管理者からドライバーなど従業員に対するパワハラも慎むべき行為であるのは同様だ。暴力やひどい暴言といったあからさまなものはほぼ聞かれなくなったが、経営者や管理職による無意識の言動がマイクロアグレッション(小さな攻撃)となって、従業員に精神的苦痛や不快感を与えているケースが少なくない。
また、ドライバーがハラスメントをされる側ではなく、ハラスメントする側になっている事例も出ている。GKUホールディングス(川手和義社長、群馬県高崎市)では、ハラスメント教育に力を入れている。そのきっかけは、ドライバーとして長年勤めていた従業員が社内公募で配車担当者へ配置転換をした際、ドライバーから強く当たられてメンタルを病んでしまい、退職を願い出たことだという。
同社の川手愛子管理本部長は「走れば走るだけ稼げる時代ではなくなった。昔から働くドライバーには不満があるのではないか」として、今回に限らず採用した配車担当者が何人も辞めてしまったと打ち明ける。
別のトラック事業者もドライバーからのパワハラを問題視し、ハラスメント教育の実施を決めた。専門機関に委託し、ケーススタディーを中心に行い、議論を通してハラスメントに対する考え方の統一を図っていく方針だ。
更に、現場で強い態度を取ったり、言葉遣いの荒さから荷主の担当者に恐怖感を与えたりするドライバーも少なからず存在する。その要因が荷主側にあったとしても、「逆切れ」して強い言動に打って出ると、ドライバー側の非が大きくなってしまう。
あるトラック事業者は「(ドライバーが)特に威圧的な話し方をしているつもりはなくても、方言で話すだけで『怖いからやめてくれ』と取引先からクレームが入る」と話す。相互の理解不足がハラスメントの意識を醸成している可能性も否定できない。
SNSで悪口書くケースも
また、フリーライターの橋本愛喜氏が指摘するように、荷主に対する逆襲の手段として、SNS(交流サイト)上で実名で悪口を書き込むといったケースもあり、ドライバーなど従業員にリテラシーを身に付けさせることも急務となる。
職場でのハラスメントとして最初に注目された「セクシャルハラスメント」は、いまだ被害の事例は少なくないものの、社会に取り組みが広く浸透してきた。
店舗配送などで多くの女性が活躍する河野(河野幹章社長、広島市安佐北区)は、ハラスメントに対するリスクマネジメントの必要性に早くから着目。13年から社外の専門家に電話で直接相談できる窓口を設けた。河野氏は「上司や総務部のほか外部を含めいくつもの窓口を設けることで、悩み事や困り事があれば相談しやすい環境を整えている」と話す。
ただ、管理職、従業員ともに女性比率が著しく低い物流・トラック業界は、他産業に比べると意識の醸成が遅れていることは否めず、その結果、女性の活躍が思うように進まない負の連鎖が続く。
このように、荷主からのカスハラ対策だけでは、ハラスメントの全容がつかめない。こうした中、全ト協の平島竜二副会長は、荷主からドライバーへの嫌がらせ行為を指すカスハラよりも対象が幅広い「ロジスティクスハラスメント」の根絶を提唱する。
同氏は、ロジハラを「事業者も含んだ優越的地位を乱用したハラスメント」と定義。「カスハラ対策は、ドライバーの地位向上のため必要だが、同時に運送事業者を守るためにロジハラ対策の必要性も感じている」としている。
その上で、「ロジハラは、適正化事業の巡回指導で良い評価を獲得したり、標準的な運賃を収受したりすることで根本的な解決につながる」として、まずは事業者が適正な事業運営を心掛ける必要性を訴えた。
これに加えて、ドライバーや事業者は、道路をはじめとする公共・公益性の高い空間で業務を営んでおり、社会との共生が不可欠であることは言うまでもない。「黄金のペットボトル」問題に象徴される道路上や休憩施設へのごみのポイ捨て、飲酒、速度超過といった危険運転、違法駐車、道路を著しく損傷させる過積載運行などは「ソーシャルハラスメント(ソシャハラ、社会への迷惑行為)」として定義されるのでないか。
「四方にやさしく」精神で
カスハラ、パワハラ、セクハラなどあらゆるハラスメントを他者から受けるだけでなく、逆に自身も行ってしまっていることもある。平島氏の提唱するロジハラを、パワハラやセクハラといったハラスメントも含む言葉として広め、根絶する必要がある。あらゆるハラスメントについて、被害者にも加害者にもならないための対策が不可欠だ。
平島氏は「改正改善基準告示などの法令については、ドライバーまでしっかりと落とし込めていないケースが散見される。ドライバーへの教育も必要」としている。その上で、荷主、事業者、ドライバー、社会の物流に関わる全てのステークホルダー(利害関係者)への思いやり、「四方にやさしく」の精神で、トラック業界が実践することが求められるのではないか。
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